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 もし私に一人しか父親がいなかったら、そのアドバイスを受け入れるか反発するか、二つに一つしかなかったと思う。だが、実際には二人いたために、裕福な人間とそうでない人間の二人から、まったく相反するアドバイスを受け、その中から選択する自由が与えられた。また、二人の父親がいたおかげで、私は単純に一方のアドバイスを受け入れもう一方を無視するのではなく、しっかりと自分で考え、両方を比較して選択する事も学んだ。
だがそこに問題が無かったわけではない。というのは、その頃は、のちに金持ちになる父はまだ金持ちではなかったし、一生お金の苦労をすることになる父もまだそうと決まっていたわけではないからだ。二人とも仕事を始めたばかりで、家族を養うための金を稼ぐのに必死だった。
しかし、その時点で二人のお金に関しての考え方はまったく違っていた。
たとえばこんなふうだ。一方の父がよく「金への執着は諸悪の根源だ」と言っていたのに対して、もう一人の父は、「お金が無いことが諸悪の根源だ」と言っていた。この二人の父のことを私は大好きだったが、そのため自分がどんな見方をすべきかを考えさせられたし、最後にはどちらか一方を選ばなければならなかった。
それぞれの父のアドバイスについて考えるうちに、私はその人の考え方がその人の人生に力や影響を与えるという重大な事実に気づくことができた。たとえば貧乏父さんは、「それを買う金はない」と言うのが口癖だった。金持ち父さんにとってそれは禁句だった。金持ち父さんは、こんなときは「どうやったらそれを買うためのお金を作り出せるだろうか?」と言わなくてはいけないと私に教えた。一方の言葉は断定的、もう一方の言葉は答えを要求する疑問文だ。前者を口にすればことはそれで片付く。もう一方はその後自分で考える作業を余儀なくされる。のちに金持ちになった父は、何も考えずに「それを買うためのお金はない」と言ってしまうと頭が働くのをやめてしまうのだと説明してくれた。「どうすれば買えるのだろうか」と質問すれば、あなたの脳を働かせることができるのだ |
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