情報時代には教育が重要になる

  1. 考え方が時代遅れになる
  2. 産業時代の考え方 vs 情報時代の考え方
  3. どんな教育が必要となるのか

考え方が時代遅れになる

「産業時代が終わり、情報時代が始まった」と、ロバート・キヨサキは「金持ち父さんシリーズ」(筑摩書房刊)のなかで繰り返し言っている。

情報時代になったことで、産業時代特有の働き方であるサラリーマンは大きな変化の波に飲み込まれようとしているとも指摘する。
つまり、これまでの「勉強していい学校に入り、いい成績をとれば、いい会社に就職できて一生安泰」という勝利の方程式は、もはや通用しなくなったと言うのだ。

では、私たちはこれからどのように生きていけばいいのか。
産業時代と情報時代の考え方がどう違っているのかという視点から、考えてみよう。

産業時代の考え方 vs 情報時代の考え方

ロバート・キヨサキは「金持ち父さんの子供はみんな天才」のなかで、産業時代の考え方と情報時代の考え方の違いを次のようにまとめている。

・「仕事による安定」と「フリーエージェント、ヴァーチャル企業」
・「年功序列」と「実力主義」
・「一生に仕事は一つ」と「多くの職業に就く」
・「六十五歳まで働く」と「早期引退する」
・「タイムカードを押す」と「働きたい時に働く」
・「学校で学ぶ」と「セミナーで学ぶ」
・「卒業証書、資格・免許」と「使える才能」
・「古い知識」と「新しいアイディア」
・「会社の年金プラン」と「自分で管理するポートフォリオ」
・「政府の年金プランに頼る」と「政府の年金プランは不要」
・「政府の医療保障に頼る」と「政府の医療保障は不要」
・「会社で働く」と「家で働く」

どんな教育が必要となるのか

このまとめからどんなことが見えてくるだろうか。

ひとつは、情報時代には会社組織に縛られず、会社組織に頼らない働き方・生き方が主流になるだろう、ということだ。

もうひとつは、お金の問題に私たち一人一人が自分で向き合わなければならなくなるから、自分でお金のことを学ばなければ」ならない、ということ。

さらに、従来型の学校教育が時代遅れになっている、ということだ。

学校教育はもともとプロシアで兵士を生み出すために作られた制度を受け継ぎ、西洋社会で企業の従業員を生み出すために広がった。
そのため、産業時代から情報時代への歴史の変化に対応できないままに、教育制度は生き延び、さまざまな歪みが生じているとキヨサキは指摘している。
私たちはこれからを生きるために、学問的教育(読み書き計算)、職業的教育(専門的職業に就くための教育)、ファイナンシャル教育(経済的自由を得るための教育)という3つの教育をふまえ、さらに時代の変化に対応するためにセミナーなどでも学ぶことが不可欠になっていく。
時代に合わせて必要なものを見きわめ、自分自身を磨いていくことが必要となっていくのだ。