敗戦から81年目の夏

  1. 薄れゆく戦争の記憶
  2. 被害と加害を考える
  3. 歴史修正主義と排外主義
  4. 戦争を知らない世代

薄れゆく戦争の記憶

1945年の敗戦から81年目の夏が過ぎようとしている。

月日が経つにつれ、戦争を体験した人たちがこの世を去り、戦争の記憶が薄れてマスコミでもだんだん取り上げなくなってきたように感じる。

昭和天皇がポツダム宣言受諾(つまりは日本の降伏)を国民に伝えた8月15日に、NHKは例年放送してきた戦争についての特集番組ではなく歌番組を流したことが、一部で話題になった。

また、この日の前後に民放で必ずと言っていいほどよく流れていた戦時下の子供たちを題材としたアニメ『火垂るの墓』の代わりに、今年は『風の谷のナウシカ』が放映された。

あの戦争で、空襲や原爆の火で焼かれた主に非戦闘員の被災者たち、戦地で食料補給もなく食人にまで追い込まれ飢餓で亡くなった日本軍兵士たち、片道分の燃料だけ積んだ戦闘機で敵艦に体当たり攻撃をするように命じられた特攻隊の若い兵士たちをはじめ、多くの人の生が奪われた。

第二次世界大戦での日本の死者は、兵士230万人民間人80万人計310万人と政府が発表しているが、最近の研究ではこの数字よりもさらに多い376万人とも言われている。

被害と加害を考える

日本で「終戦の日」とされる8月15日は、相手国から見れば当然ながら日本との戦争に勝った日であり、日本の占領統治から解放された日となる。

たとえば韓国では「光復節(クァンボッチョル)」、北朝鮮では「解放記念日」と言い、1945年に日本の統治から解放されたことを祝う重要な祝日となっている。

連合国軍側だった中華民国とその後にできた中華人民共和国は、日本が降伏文書に調印した日の翌日9月3日を、対日戦勝記念日あるいは抗日戦争勝利記念日としている。

ほかにも、インドネシアは8月17日、ベトナムは9月2日と、8月15日あるいは9月2日を基準に祝日を設けている国がある。

こうしたアジアの国々で日本との戦争によって犠牲になった人は2000万人を超えるとも言われているが、そこには連行されて過酷な労働を強いられたために亡くなった民間人や、日本軍が引き起こした飢饉のせいで命を落とした人々も含まれている。

日本ではなぜか第2次世界大戦で自国民が受けた被害ばかりが語られがちだが、この国は同時に加害者側であったことを忘れるわけにはいかない。

歴史修正主義と排外主義

こうしたことは、アジアの国々との関係を構築するための大前提として私たちが知っておくべきことだが、残念ながら日本の歴史教育では十分に取り上げられてこなかった。

振り返ってみると、1990年代の中頃から経済的に陰りが出始めるとともに、日本社会はだんだん閉鎖性と排他性が濃くなっていき、歴史修正主義が力を得るようになったと感じる。

1994年に成立した自民、社会、新党さきがけ3党の自社さ連立政権で首相の座に着いた村山富市は、1995年の終戦記念日に「村山談話」を出し、先の大戦について「国策を誤り、植民地支配と侵略によってアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」と認め、「核兵器の究極の廃絶」を目指し、軍縮の積極的な推進を掲げた。

これに対し、当時1年生議員だった高市早苗は国会で、「何をもって侵略行為というのか、何が過ちなのか、勝手に(日本を)代表して謝ってもらっちゃ困る」「少なくとも私自身は当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」と異を唱えている。

戦争を知らない世代

しかしながら、過去の歴史的事実を消すことはできないのだから、過去を改変するよりもむしろ過去のできごとから学び、過ちを繰り返さないようにすることこそが、自国の歴史に誇りを持つ国民として行うべきことではないだろうか。

1972年から73年にかけて総理大臣を務めた田中角栄が、かつてこう言ったそうだ。

「戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が政治の中枢になったときは、とても危ない」

この言葉の意味がリアルに感じられるようになってきたのではないだろうか。

私たち国民は、歴史から学び、もう一度戦争をするような愚かなことをしてはいけないし、させてはいけない。